あしあとふたつ
- 創作童話。パンおばさんのシリーズです。「童話の森」からお引越ししてきました。新しいものもまた書いていきたいです。
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パンおばさんと「文字盤の願い」
パンおばさんの住む丸太小屋のある小さな森に、そろそろ春の気配がします。
暖かくなった日差しに朝露をきらきらさせた緑の葉っぱたちは、うれしそうに風に吹かれます。
じっと固く我慢していた花のつぼみたちも、「もういいかな?」とそっとふくらんできました。
パンおばさんも、「朝、洗濯をするのが楽になったわ。」と少し冷たさがゆるんだ水で洗った洗濯物を干しました。
もうその頃には、森にはパンおばさんの焼くパンのいい香りが立ち込めていて。。。。
ほ~ら、そのおいしい香りに誘われて、今日もやってきましたよ。
パンおばさんのおいしいパンと楽しいお話を楽しみに、森の子供たちが・・・・。
子供たちはパンおばさんの背中をぐいぐい押しながら「パンおばさん、早く早く!」
パンおばさんもにこにこで「はいはい。」
「今日はなんのお話なの?」
ぐるっと部屋の中を見回して、パンおばさんが言いました。
「今日は時計の文字盤の話にしましょう。」
「文字盤?」
「そう、針をなくした時計の文字盤よ。」
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森の外れの草っぱらに、文字盤は横たわっていました。
針もないのにどうして時計だと分かるのかというと、1~12までの数字がまあるく並んでいたからです。
美しい模様を彫られ、数字ときたら金色。
とても立派な文字盤でした。
どうしてこんなところに・・・。
針やぜんまいがないところをみると、どうやら「役に立たないから」と捨てられたのでしょう。
「俺は、時計なんだがなあ。」
文字盤はずっと心でつぶやいていました。
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ある日、男の子が文字盤を拾いました。
男の子は「ほら、きれいだよ。」と言って、文字盤の真ん中に開いた針をさす穴に、きれいな花の茎を2本差し込みました。
「花時計だ。」とうれしそうに家に持ち帰り、「おやつだから3時だよ。」と花の針を1本は12にもう1本を3のところに合わせました。
花時計はそうやって、5時を指し8時を指し、やがて男の子と一緒に眠りました。
次の朝、男の子は花時計の針がしんなりとしているのを見ると、とたんに興味をなくしました。
そして、しおれた花を抜いて、文字盤を戸棚の上に片付けてしまいました。
「俺は、時計なんだがなあ。ぜんまいで動く立派な時計なんだがなあ。」と文字盤は思っていました。
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ある日、男の子の家に泥棒が入り、文字盤を見つけました。
「この金色の数字はもしかして本物の金かもしれないぞ。」
そう言って、文字盤を盗んでいきました。
ところが金を買うお店に持っていくと、「これは金色にぬっているだけじゃ。」と言われました。
がっかりした泥棒は、「こんな文字盤だけ持っていても仕方がない」と、自分の家の窓からぽいっと文字盤を投げ捨てました。
「俺は、時計なんだがなあ。金の価値はなくても、立派に役に立つ時計なんだがなあ。」と文字盤は思っていました。
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ある日、泥棒の家の窓の下で、一匹の野良猫が文字盤を拾いました。
「なんてきれいなんだろう。」
そう言って、野良猫の王様への贈り物にしようとくわえて行きました。
ところがこの王様、美しい模様にも金色の数字にも全然興味がなく、「食べられないなら、こんなものはいらん。」と言って、川にぽいっと投げてしまいました。
「だから、俺は時計なんだがなあ。食べられなくて当たり前だろう。」と文字盤は思っていました。
川の底に沈んだ文字盤は、「もう俺のことはほっといてくれ。」と、しばらく眠ることにしました。
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「ふふっ、くすぐったいなあ。」
しばらくして、文字盤はおなかの辺りがむずむずするので目が覚めました。
小さな銀色の魚たちが、文字盤の上でひらひら泳いでいました。
「さあみんな、ここが舞台だ。歌おう、踊ろう。」
1匹の魚が声を上げると、10数匹の魚たちが文字盤の上で歌い踊り始めました。
「やれやれ今度は舞台か。俺は時計なんだがなあ。」と、文字盤は思いました。
ところがところが、魚たちの歌はとても上手で、踊りはとてもきれいで、だんだん文字盤は楽しくなってきました。
文字盤の舞台の周りでは、ほかの魚やザリガニやヤドカリが、手拍子をしたり一緒に踊っていたり。。。
「よーし。」
文字盤は体を少しだけそーっと動かして、金色の数字をきらきらさせてやりました。
川の上ではお日様が照って水の中にまでその光が届いていたので、文字盤の金色の数字は光に反射して、それはそれはきらきらと美しく輝いたのです。
魚たちは大喜びです。
こうして文字盤は魚たちの舞台となり、毎日を楽しく過ごしました。
「俺は、時計なんだがなあ。」と、思いながら文字盤は「でも、舞台も悪くないなあ。」と思いました。
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やがて時が流れ、美しい文字盤にコケが生えてきました。
魚たちはやってきてはコケをつんつんつついて、文字盤の舞台を掃除してくれました。
文字盤も、少しでも魚たちを喜ばせようと光のほうへ体をごそごそ動かしてみましたが、でももう前のようにきらきら輝くことは出来なくなりました。
「こうしてここで舞台として終わるのも、まあいいだろう。ここは本当に楽しい場所だから。」
それでも文字盤は、「俺は、ほんとうは時計なんだがなあ。」と、つい思ってしまうのでした。
ある日、一人の女の子が川に落とした髪飾りを探してやってきました。
そして、髪飾りの代わりにコケだらけの文字盤を見つけました。
「おかあさん、おかあさん、これ何かしら?」
「そうねえ、数字が並んでいるから、きっと時計の文字盤だわ。」
「じゃあ、この前落として割れてしまった文字盤の代わりになるかしら?」
「そうねえ、コケを落として磨いてやればきっときれいな文字盤になるわ。」
「じゃあ、そうするわ。」
女の子は持ち帰った文字盤をきれいにこすり、洗い、磨いてやりました。
そして少しシミは残るけど、文字盤はぜんまいと針をつけてもらいました。
女の子はその時計をベッドの枕もとの壁に掛けました。
文字盤はとても幸せでした。
「そうだ。俺は、時計なんだ。舞台でいることはとても楽しくて、こんな一生もいいなと知ったけど。俺は、時計だったんだ。」
時計になれた文字盤は、川の中の舞台で覚えた魚たちの歌を、すやすや眠る女の子の枕元で奏でてあげました。
コチコチコチと・・・・・
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「はい、おしまいよ。」
パンおばさんは、焼きたてのパンをテーブルに置きながら言いました。
「文字盤は楽しくても、幸せじゃなかったの?」一人の子供が聞きました。
「いいえ、そうじゃないわ。舞台でいることは幸せだったと思うわ。
ただ、時計になりたい思いは大切においてあったのよ。」
「そうだ、舞台としてがんばってる文字盤の願いを、神さまが聞き届けてくださったのかも。」
「まあ、そうかもしれないわね。文字盤は時計になれて、本当にうれしかったでしょうね。」
みんながパンおばさんのパンをおいしそうに食べているとき、丸太小屋にかかった時計がコチコチコチと時を刻んでいました。
パンおばさんはそっと時計を見ました。
今、針は、文字盤の金色に光る11と12の数字を指していました。