あしあとふたつ
- 創作童話。パンおばさんのシリーズです。「童話の森」からお引越ししてきました。新しいものもまた書いていきたいです。
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パンおばさんと「冬から来た男の話」
色とりどりの花が咲き、木々は茂り、今日はぽかぽかと暑いぐらいのお天気です。
朝から元気にパンを焼くパンおばさん。
いい匂いをかぎつけて、森の子どもたちがやってきました。
「今日は、こんなあたたかい春の日のお話をしましょうね」
さあ、パンおばさんのお話がはじまりましたよ。
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それは、ぽかぽかと春にしては暑いぐらいの日のことでした。
ひとりの少女がお散歩中、ひどくつかれた様子で歩く男に出会ったの。
ふらふらしていて、今にもたおれそう。。
少女は男に声をかけました。
「ねえおじさん、この木の陰で少し休んでおいきなさいよ。」
男は少女の言葉に素直に従い、大きな木の根元に腰を下ろしました。
「ねえお嬢さん、ここはどこもかしこもこんなに暑いのかい?」
少女はにっこりと答えました。
「ええ、だって今は春ですもの。」
すると男は、いっそうつかれたように話し始めました。
「お嬢さん聞いておくれ。僕はとてもとても寒い国からやってきたんだ。
ここからはずっと遠く、一年中寒い冬の国なんだよ。
だから僕は、暑いのはとても苦手なんだ。冬でなきゃ、全然だめなんだ。」
少女は言いました。
「私は冬も春も好きよ。真っ白い雪の冬も、きれいな花が咲く春も。
でもおじさんはどうして、ここにいるの?どうして冬の国を出てしまったの?」
「僕はうぬぼれていたんだ。
僕の国の人間は、みんな国から出ようとしない。他の国には、もっと素晴らしい世界があるかもしれないのに、寒い冬の国でないと、生きていけないと言う。
僕は、違う世界を見たかった。
もっと素晴らしい何かを見つけたかった。だけど、だけど僕は・・・。」
男が黙ってしまったので、少女は冷たい水を汲んできてあげました。
男はまた、話し始めました。
「僕は、うぬぼれていたんだ。冬の国を出て、日に日にあたたかくなるこの国で、僕はようやく分かったんだ。
僕も国の人間と同じだった。あの寒い冬の世界でしか生きていけそうにない。
帰りたいよ。僕が生まれ育った国。一年中寒い寒い冬の国へ。」
少女は少し悲しくなって言いました。
「何もいいことがなかったの?冬の国を出ておじさんはたった一つの素晴らしいものを見ることもできなかったの?」
男は黙ったままでした。
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どれくらい時間がたったでしょう。暑いほどの日差しを投げかけていた太陽が少しかげりはじめました。風が出て、雲が動きを早めだしました。
少女は静かに言いました。
「残念だけど、それなら帰ればいいわね。おじさんがそうしたほうが幸せなら、そうすればいい。
だけど、そんなに疲れているし、こんなに暑くちゃ動けないでしょう?
雲の流れが速くなってきたわ。もうすぐ日は沈み、やがて雨も降りそう。
それからなら、いまよりも歩きやすいでしょうから、それまでここでゆっくり休んでいくといいわ。」
そう言って少女はにっこり笑い、再び冷たい水を汲みに行きました。
男が休んでいる木まで戻ったとき、少女はパンや果物をたくさん抱えていました。
そして男が少しでも元気になるようにと、大きな葉っぱで一生懸命風を送ってあげました。
男は少し元気が出てきたようです。
日がかげり、雨がぽつぽつと降り出したころ、男は言いました。
「この森の花は本当に美しいね。お嬢さんの言っていたとおりだ。
僕の国の外に、こんなに色とりどりの美しい世界があったこと、僕はそれを知ることができた。」
「そうでしょう?この森は今は春なの。
冬から解き放たれて、命あるもの全てが思い思いに羽を広げているように、とても美しいのよ。
おじさんがそのことに気付いてくれて、私、本当にうれしいわ。」
少女は心からそう思いました。
男は、初めてにっこりと笑いながら言いました。
「お嬢さん、実は私がいた冬の国にも、美しく咲く花があるのです。
一年中寒い雪の中で咲く“氷の花”です。」
「まあ、素敵。見てみたいわ。」
「この森の色とりどりの花も美しい。
そして、今まで当たり前のように見ていた“冬の花”もまた、美しい。
この世界には、まだ僕の気がついていない素晴らしいものがあったんだ。
気付かなかっただけで、すぐ傍にあったものがどれだけ素晴らしものだったか、そのことにも気がついた。」
男は、話を続けます。
「ねえお嬢さん、それを気付かせてくれたのはあなたです。
あなたの優しい心のおかげです。
まるで敗北者のようだった僕の心を、あなたが再び輝かせてくれた。
ありがとう、本当にありがとう。」
少女はお礼を言われて少し照れながら、
「さあ、少し涼しくなった今のうちに出発しないと。」と言いました。
「この森にもまた冬が来るのでしょう?」と男。
「ええ、春の次に夏が来て、秋が来て、そして冬がやってくるのよ。」
「では、冬になったら“氷の花”を持ってきてあげましょう。
あなたにお礼をしたいのです。
僕の国の素晴らしい花も、是非見せてあげたいのです。」と男は少女に言いました。
そう約束をして、男は再び歩き出しました。
もうふらふらすることなく、目指すふるさとへと歩き出したのです。
少女は満足したように、男の背中を見送りました。
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やがて少女の森に夏が来て、秋が来て、そして冬がやってきました。
男が少女に「“氷の花”を見せてあげよう」と約束した冬です。
少女は男が歩いていった道をながめては、男がやってくるのを待ちました。
やがて冬も寒さを増し、そしてゆっくりと春になりました。
だけど、男はとうとう“氷の花”を抱えて、戻ってはきませんでした。
少女は寂しかったけど、その次の冬も、そのまた次の冬も、男がやってくるのを待ちました。
やがて、少女は思いました。
きっと冬の国の素晴らしさを、一度失ってまたしっかりと気付いたから、今は幸せに暮らしているに違いなんだ。
それなら、かまわないじゃない。
“氷の花”も、自分が咲くべき場所で美しく咲いているに違いない。
咲いていてくれるなら、いつか見られるだろう。
元気にしているのなら、いつか会えるかもしれない、おじさんにも。
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「さあ、おしまい。」
「おばさん、氷の花って本当にあるのかしら?」女の子が聞きました。
「知らないけど、あるかもしれないわね。」とおばさん。
「少女は今でも待ってるかしら?」と女の子。
「もしかしたらね。」とおばさんがウインク。
子どもたちは、大急ぎでパンをいただくと、待ちきれないとばかりに春の森に飛び出していきました。
あたたかな春の一日が過ぎ、夜になると、少し冷たい風がパンおばさんの小屋の窓を叩きます。
パンおばさんは窓から外を眺めます。
まるですぐそこまで“氷の花”を抱えた男が来ているような、そんな気がして・・・。
パンおばさんと「小さな魔女の最後の魔法」
季節は流れていきますが、今日もいつもと同じようにパンおばさんはパンを焼き、いい匂いをかぎつけて子供たちが集まってきます。
さあパンおばさん、今日のお話はなあに?
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むかし、小さな村の片すみに、小さな古い美術館がありました。
美術館の館長さんはもう年を取っていました。
「美術館がなくなるのはさびしいが、訪れる人もほとんどいないし、残っている絵たちに早くいい買い手がつくといいのになあ」と、館長さん。
この美術館は、もうすぐなくなってしまうのです。
ところで、この美術館には小さな魔女が住んでいて、小さな魔女はもうずっと館長さんと友達でした。
ある日、館長さんが言いました。
「ねえ、魔法でこの美術館に人を集められないかい?そうすれば、きっといい買い手がつくのになあ。」
小さな魔女は「人の心に魔法はかけたくないねえ。それに私もすっかり年を取ったから、あとひとつしか魔法は使えないんだよ。」と答えました。
「それじゃあ、もったいない。仕方ないなあ。」
館長さんは、しょぼんと肩を落としました。
そんな小さな魔女のもとに、“いい魔女会”から手紙が届きました。
それを読んだ小さな魔女は、うつむいてあることを考えはじめました。
ところで、この美術館には6枚の絵が飾ってあります。
小さな魔女だけが知っていることですが、夜中になると絵の中の人物たちがおしゃべりをはじめるのです。
困った顔の『貴婦人』が言います。
「あの館長さん、しっかり掃除をしてくれないから、ドレスにほこりがたまってきちゃうのよ。」
人差し指を右上に突き出した『うったえる男』が言います。
「ほこりなんて大した問題じゃない。そんなことよりも、誰もわしの話を聞きにこん。どうなっとるのじゃ。」
となりの『静物画』のりんごをねらっている『遊ぶ男の子』が聞きます。
「その指は何を指しているの?」
「これは空の中の秘密を指しているのじゃ。」
「どんな秘密なの?」
「それは秘密じゃ。秘密を指しているのだから、秘密なのじゃ。」
『貴婦人』が横から「それじゃあ、結局分からないじゃないの。」と言います。
「だから秘密なのじゃ。」と『うったえる男』は満足そうに言います。
その横では『猫とねむる老人』がごそっと寝返りを打ちます。
いつもこんな感じです。
そんな絵たちの中に、森を背景にして描かれた『森で待つ姫』がいました。
姫はずーっと待っています。
誰かは分からないけれど、ずーっと待っているのです。
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ある晩、小さな魔女が『森で待つ姫』にこう言いました。
「ずーっと待ってるなんて、つまらなくないかい?
実はね、遠くの国で“森で待つ姫”を探している王子がいるんだよ。
その姫と結婚して幸せにならなければ、自分の国をかえるの国に変えられてしまうってのろいをかけられたんだって。いたずら好きな困った魔女がやったんだって。
今日ね、“いい魔女会”から手紙がきてね。そういう姫を知らないかい?って書いてあったんだよ。」
「まあ、おかわいそうな王子様。私が絵じゃなければ良かったのに。」
「あんたが行くんだよ。だってあんたこそ“森で待つ姫”じゃないか。勇気をお出しよ。」
姫は、しばらく考えて言いました。
「少し恐いけど・・・。魔法で私を、ここから出してくれるの?それならきっと王子様に会って幸せになれるように努力をします。」
「そのかわり、王子と幸せにならなければ消えてなくなってしまうけど、それでもいいかい?」
「ええ、かまいません。どうか私をここから出してください。」
それを聞いた魔女はポケットから古びた杖をとり出し、姫の絵の中に小さな自分を描きはじめました。
「なぜ?」と姫に聞かれて、「私ももう年を取ったから、これが最後の魔法なんだよ。魔法がなくなってしまったら、私はそのうち消えてしまう。それがさびしくてね。絵の中にでも生きていたいのさ。」と小さな魔女は答えました。
「ずーっと絵の中で生きつづけることも、さびしいことですよ。」と姫は言いましたが、小さな魔女はそれには答えず、絵を描き終わり杖をポケットにしまいました。
すると、あらあら不思議。
絵の中にいた姫は絵の外に立ち、小さな魔女は絵の中にいました。
「小さな魔女さん、どうもありがとう。きっと王子様と幸せになります。」
『森で待つ姫』はそう言い残し、美術館を出て行きました。
残った絵の中の小さな魔女に、『貴婦人』が言います。
「ずーっとここで生きたいだなんて、おまえも変わってるねえ。さびしいものよ。」
『猫とねむる老人』がちらっと目を開けて、小さな魔女のほうを見ます。
それから、ゆっくりと寝返りを打ちました。
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あくる朝から、美術館は大騒ぎ。
『森で待つ姫』が絵の中から消えて、その中に小さな魔女がいるのです。
村の人や、となりの村の人、そのまたとなりの村の人までが、その不思議な絵をひと目見ようと美術館に押し寄せてきたのです。
そのうちに、『貴婦人』や『うったえる男』や『静物画』や『遊ぶ男の子』や『猫とねむる老人』にも買い手がつきました。
美術館がとうとう閉館になる日、遠くの国の王子が花嫁をつれて美術館にやってきました。
最後に残った『森で待つ姫』の絵の中の小さな魔女に、「ありがとう」と言うためでした。
その後館長さんは、友達である小さな魔女の絵を大切に包み、自分の家へと持って帰りました。
美術館はなくなってしまったけれど、大好きな館長さんと一緒にいられて、小さな魔女はとても幸せでした。
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「はい、今日のお話はここまで。」
「小さな魔女がかわいそうだと思ったけど、幸せだったのね。」
「ええ、そうね。」
「みんな幸せになったんだ、良かったなあ。」
「ぼくたちだって幸せだよ。だってパンおばさんの焼きたてのパンは、とってもおいしいもん。」
ふふふ。
「いただきまあす。」
みんなはおいしくおいしくパンをいただきました。
外では、木々の葉がやさしい秋の風に揺れています。
小さな魔女の絵?
それはこのパンおばさんの丸太小屋のどこかに、飾ってあるかもしれませんよ。
パンおばさんと「森の湖」
緑も濃くなり、パンおばさんの森にも初夏がやってきました。
暑くもない、寒くもない、とても気持ちのいい毎日です。
おいしい空気にまじって、パンおばさんが焼くパンのいい匂いがただよってきます。
パンおばさんの住む丸太小屋には、もう子供たちがあつまって、いまかいまかとパンおばさんの楽しいおはなしを待っていました。
「今日のお話、なあに?」子供たちが口々に聞きます。
「そうねえ、今日はある男の子と女の子と森の湖のおはなしをしましょうね。」とパンおばさんが言い、お待ちかねのおはなしがはじまりました。
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ある森に、男の子と女の子がいました。
ふたりはとても仲良しで、毎日毎日森の真ん中で遊んでいました。
花をつんだり、歌を歌ったり、かくれんぼをしたり、本当に仲良しでした。
二人の笑い声で、森はいつもにぎやかでした。
でもあるとき、ふたりはけんかをしてしまいました。
そのけんか以来、ふたりはふっつりと遊ばなくなってしまいました。
森は、二人の笑い声が聞こえなくなって、しん・・・と静かになってしまいました。
けんかしてからというもの、男の子はひとりであそびました。
でも、花をつんでも歌を歌っても楽しくないし、かくれんぼをしても、だれもさがしに来てはくれないのです。
しょうがないので、男の子は女の子となかなおりをしようとあやまりにいきました。
いつも遊んでいた森の広場で、男の子は女の子に「ごめんね。なかなおりしようよ。」と言いました。
でも、女の子は下をむいたままなにも答えません。
「まだおこってるの?」
男の子がいくらあやまっても、女の子は口をきいてくれず、走って帰ってしまいました。
その日から毎日、男の子は広場で女の子にあやまりました。
女の子はいつも、広場の地面をじっとみつめたまま、なにも言わずに帰ってしまうのでした。
ある日、いつものように男の子はあやまりながら、女の子がいつも同じところをじっと見つめていることに気がつきました。
「ここに、なにかあるの?」男の子は女の子に聞きました。
「ここを、ほって。」女の子はそう言いました。
「ほったら、なかなおりしてくれるの?」
「ええ。」
そういうわけで、男の子は森の広場をほりはじめました。
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それから毎日男の子はずっとほりました。
女の子は男の子がほっている横で、ずっと見ていました。
男の子がほる穴は、どんどん大きくなりました。
それでも女の子はなにも言いません。
もっともっと男の子はほりました。
あるときほっていると、いすが出てきました。
女の子はそのいすにすわって見ているようになりました。
男の子は疲れると、その横にすわって休みました。
またあるときほっていると、つくえが出てきました。
女の子はそのつくえに持ってきたパンをおいて、おなかがすくと男の子と食べました。
またあるときほっていると、鏡が出てきました。
その鏡に自分のすがたをうつし、女の子は少し笑いました。
それを見て、男の子はますます頑張ってほりました。
何年も何年も、男の子は地面をほり続けました。
ほった穴はどんどん大きくなって、ときどきいろいろなものが出てきました。
たんす・ベッド・くつばこ・おなべにフライパンまで・・・。
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そしてやがて男の子は青年になり、女の子は娘さんになりました。
ある日青年は、すっかり大きくふかくなった穴を、いつもと同じようにほっていました。
すると、なんと水が湧いたのです。
水はすごいいきおいで「びゅー」っと吹き出しました。
青年は水に持ち上げられて、穴の外に放り出されてしまいました。
目を丸くしてびしょぬれで穴から飛び出してきた青年を見て、娘は思わず声を上げて笑いました。
「うふふ、あははは。。。」
とうとう笑った娘を見て、青年も笑いました。
「あっはは、あっはははは。。」
やがて青年がほった穴には水がたくさんたまり、湖となりました。
ふたりはその湖に顔をうつし、笑いあいました。
けんかの理由が、どうしても思い出せないのです。
ただひと言、女の子は男の子にあやまりました。
「ずっとあやまらなくては、と思っていたの。ごめんなさい。ずっとあやまれなくて。」
ふたりは、その湖のそばに家をたて、それまでに穴からほり出したものを家に入れ、末ながく幸せに暮らしました。
それからは、もし森でけんかをしても、その湖に顔をうつせば、だれでも笑顔でなかなおりできるようになりました。
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「はい、おしまいよ。」とパンおばさんが言いました。
「ずいぶん長い間ほったのね。」と女の子が言いました。
「そうねえ。」
「おこってしまった女の子は、男の子が一生懸命ほったから、うれしかったでしょうね。」
「そうねえ。」
「この森の湖のことかしら?」
「さあ、そうかもしれないわね。」
「私たちがけんかしても、なかなおりできるかしら?」
「ええ、きっとできるわよ。あの湖に顔をうつせばね。」
それからパンおばさんはいたずらっぽくウインクして、こう付け足しました。
「もしもそれでもだめなら、パンおばさんのパンを食べにいらっしゃいね。間違いなく、なかなおりできるから。」
パンおばさんのパンをほおばる子どもたちの後ろの窓に、湖に反射したおひさまの光がうつりました。
パンおばさんと「旅するしゃぼん玉」
季節は春です。
パンおばさんの丸太小屋がある森も、春の色にすっかり染まりました。
春の色って?
木々の初々しい緑、色とりどりに咲き誇る花、そして透明な青空とやさしい風の色です。
パンおばさんは今朝も早くからパンを焼き、いいお天気なので大きなたらいを出してきてシーツやカーテンをお洗濯です。
そこへいつもの子供たち。
やってきましたよ、パンおばさんのお話を楽しみに。
そうそう、それから焼きたてのパンも楽しみにして。
「パンおばさん、お話して、お洗濯しながら」
「いいわ、後で干すのを手伝ってね」
「いいよー」
こうしていつものように、子供たちの大好きなお話の時間が始まりました。
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私、パンおばさんはこの前、不思議なシャボン玉に出会いました。
何が不思議って、そのシャボン玉さんは割れないでずーっと飛んでいるのです。
その日も今日のようにたらいでお洗濯をしていました。
ジャブジャブゴシゴシ、いっぱい泡を立てながら。
「こんにちは」
どこかで声がしたので、私はあたりを見渡しましたが誰もいません。
「こんにちは」
今度は分かりました。
泡だらけのたらいの上で、ひとつの泡がこちらに話しかけていたのです。
その泡は「シャボン玉だよ」と言いました。
「こんにちは、シャボン玉さん。びっくりしたわ。」
シャボン玉はおかしそうに笑って「おいらが割れないからだろ?」と言いました。
そして「おいら旅をしている途中なんだ。ここで休憩してもいいかい?」と私に聞きました。
旅をしているシャボン玉に出会うなんて、私初めてのことだったからなんだかうれしくなっちゃって。
「旅の話を聞かせてくれないかしら?」と頼んでみました。
するとシャボン玉さんは「いいよ」と言い、ゆっくりと話し始めました。
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おいら、あの山の向こうから飛んできたんだ。
小さなビンを飛び出して、山を越えて森を目指そうと思ったんだ。
そりゃ~大変だったよ。
山に近づいたとき急に黒雲が表れて、ドキッとしたおいらは、素早く大きな木の下に隠れたんだ。
思ったとおり、ざざーって雨が降ってきた。
あんなのに当たったら一発で消えてしまうよ。
割れるわけにはいかないんだから。
やっと晴れたと思ったら今度は虫の大群だ。
蜂だ。
こいつらはぶんぶんうなりながら、おいらに向かってすごいスピードで突進してくるんだ。
「よけなくちゃ」って思ったんだけど、おいらはシャボン玉だろ?
突風でも吹かなきゃ、そんなに急に早くは飛べないんだ。
「もうだめだー」と思ったら、そこに風が・・・
おいらは風に吹かれて舞い上がって、無事に蜂の大群をやり過ごすことが出来たんだ。
その風、なんと近くにいたちょうちょたちが一斉にあおいでくれたんだ。
うれしかったなあ~。
割れるわけにはいかないからな。
蜂も、別においらを狙ってたんじゃなくて、おいらの向こうにある花畑に行くところだったんだって。
そんなに急がなくてもいいのにな。
そしておいらは、とうとう山のてっぺんに着いた。
さあ、ここからどっちへ行こう、森は3つあった。
とりあえず一番右の森へ行ってみることにしたんだ。
その森も、ここみたいに春だった。
ところがそこには人の姿はなかった。
そのかわり、ふわふわおいらみたいに浮かんでるのがたっくさんいたんだ。
ちょっとかわいい子もいたからおいら少し話しかけてみたら、そいつら、なんとおいらをボールにして遊びはじめたんだ。
ちょっと待てよ。
割れるわけにはいかないんだったら。
いくらきみらがふわっとしてるからって、そんなに叩かれたら割れちゃうよ。
あのかわいい子がぽーんとおいらを打ち上げたとき、おいらは必死でそのまま空に飛び上がったんだ。
空で出会った鳥が教えてくれたよ。
あの森は妖精しかいないんだって。
おいら、妖精ってのはもっと優しくて大人しいもんだと思ってたからおどろいたよ。
そして今度はここ、真ん中の森にやってきたんだ。
途中、方角が分からなくてきょろきょろしていたら、「ワンっ」てすぐ近くでで吠えられた。
危なかったなあ、もう少しでびっくりしすぎて割れてしまうところだったよ。
でもその犬いいやつで、「なにしてるんだ」っておいらにやさしく聞いてくれたんだ。
世界にはびっくりさせるやつも恐いやつもいるけど、ちょうちょやこの犬みたいに親切なやつもいるんだな、っておいらちょっとうれしくなったよ。
「おじいさんを探してるんだ」というと、その犬は「おじいさんは知らないけど、この森のことならパンおばさんがたくさん知っているよ」と教えてくれたんだ。
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「そういうわけで、おいらパンおばさんに会いにきたんだ」
私は洗濯の手を止めて、シャボン玉の話を聞いていたの。
「それにしても、よくここまで無事に来られたわね。シャボン玉さんには大変なことだったでしょ?」
だって、シャボン玉は「飛んだ~」と思ったらパチンと消えてしまうでしょう。たまに遠くへ飛んでいくシャボン玉もあるけど、それは飛ばした子供を悲しませないために見えないところまで飛んでいって、それから割れるんだと思うの。
シャボン玉さんは、しばらく黙ったあと、「割れるわけにはいかないんだ」と言いました。
旅の話の中にも、その言葉が何度も出てきていたので、私は聞きました。
「なぜ、割れるわけには行かないの?」
「・・・・おいらを外に飛び出させてくれた女の子、その子がおいらに願い事をしたんだ。おいら、どうせ外へ出たってすぐに消えてしまうんだろうなあって思ってたのに、あの子はそんなおいらに言ったんだ。」
『・・・・おじいちゃんに伝えてね。元気になったら会いにきてね~って、伝えてね~』
「それを聞いたらおいら急にどきどきして。割れちゃいけない。こんなおいらに大切なお願いをしてくれたあの子を悲しませちゃいけないって。そう思ったんだ。」
私が「じゃあ、また飛んでいくのね」と言いかけたとき、シャボン玉さんはたらいのそばからふわーっと浮かび上がりました。
「そういうわけだから、おいらもう行くよ。この森にいないなら最後の森にいるはずなんだから。消えていった仲間が教えてくれたんだ、山の向こうの森にいるって、あの子のおじいちゃん。」
そう言ってシャボン玉さんは、ちょうど吹いてきた春風に乗って、飛んでいってしまいました。
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パンおばさんが「おしまい」と言いました。
聞いていた女の子が「シャボン玉さんは、女の子のおじいちゃんにきっと会えたよね」と言いました。
「ええ、きっと女の子のお願いを伝えて、私に話してくれた旅の話も聞かせてあげたと思うわ」とパンおばさんが言いました。
ほかの子が「今度シャボン玉をするとき、私もお願いをしてみよう。割れないシャボン玉さんに会いたいもの」と言いました。
「私も」「僕も」とみんなが声を上げました。
「さあ、シーツとカーテンを干しますよ。みんな手伝ってね。これがすんだら、おいしいパンを食べましょうね」
パンおばさんがそう言うと、「わーい」と子供たちが飛び上がりました。
たらいに残った泡も、ふわっと飛び上がりました。
パンおばさんと「文字盤の願い」
パンおばさんの住む丸太小屋のある小さな森に、そろそろ春の気配がします。
暖かくなった日差しに朝露をきらきらさせた緑の葉っぱたちは、うれしそうに風に吹かれます。
じっと固く我慢していた花のつぼみたちも、「もういいかな?」とそっとふくらんできました。
パンおばさんも、「朝、洗濯をするのが楽になったわ。」と少し冷たさがゆるんだ水で洗った洗濯物を干しました。
もうその頃には、森にはパンおばさんの焼くパンのいい香りが立ち込めていて。。。。
ほ~ら、そのおいしい香りに誘われて、今日もやってきましたよ。
パンおばさんのおいしいパンと楽しいお話を楽しみに、森の子供たちが・・・・。
子供たちはパンおばさんの背中をぐいぐい押しながら「パンおばさん、早く早く!」
パンおばさんもにこにこで「はいはい。」
「今日はなんのお話なの?」
ぐるっと部屋の中を見回して、パンおばさんが言いました。
「今日は時計の文字盤の話にしましょう。」
「文字盤?」
「そう、針をなくした時計の文字盤よ。」
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森の外れの草っぱらに、文字盤は横たわっていました。
針もないのにどうして時計だと分かるのかというと、1~12までの数字がまあるく並んでいたからです。
美しい模様を彫られ、数字ときたら金色。
とても立派な文字盤でした。
どうしてこんなところに・・・。
針やぜんまいがないところをみると、どうやら「役に立たないから」と捨てられたのでしょう。
「俺は、時計なんだがなあ。」
文字盤はずっと心でつぶやいていました。
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ある日、男の子が文字盤を拾いました。
男の子は「ほら、きれいだよ。」と言って、文字盤の真ん中に開いた針をさす穴に、きれいな花の茎を2本差し込みました。
「花時計だ。」とうれしそうに家に持ち帰り、「おやつだから3時だよ。」と花の針を1本は12にもう1本を3のところに合わせました。
花時計はそうやって、5時を指し8時を指し、やがて男の子と一緒に眠りました。
次の朝、男の子は花時計の針がしんなりとしているのを見ると、とたんに興味をなくしました。
そして、しおれた花を抜いて、文字盤を戸棚の上に片付けてしまいました。
「俺は、時計なんだがなあ。ぜんまいで動く立派な時計なんだがなあ。」と文字盤は思っていました。
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ある日、男の子の家に泥棒が入り、文字盤を見つけました。
「この金色の数字はもしかして本物の金かもしれないぞ。」
そう言って、文字盤を盗んでいきました。
ところが金を買うお店に持っていくと、「これは金色にぬっているだけじゃ。」と言われました。
がっかりした泥棒は、「こんな文字盤だけ持っていても仕方がない」と、自分の家の窓からぽいっと文字盤を投げ捨てました。
「俺は、時計なんだがなあ。金の価値はなくても、立派に役に立つ時計なんだがなあ。」と文字盤は思っていました。
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ある日、泥棒の家の窓の下で、一匹の野良猫が文字盤を拾いました。
「なんてきれいなんだろう。」
そう言って、野良猫の王様への贈り物にしようとくわえて行きました。
ところがこの王様、美しい模様にも金色の数字にも全然興味がなく、「食べられないなら、こんなものはいらん。」と言って、川にぽいっと投げてしまいました。
「だから、俺は時計なんだがなあ。食べられなくて当たり前だろう。」と文字盤は思っていました。
川の底に沈んだ文字盤は、「もう俺のことはほっといてくれ。」と、しばらく眠ることにしました。
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「ふふっ、くすぐったいなあ。」
しばらくして、文字盤はおなかの辺りがむずむずするので目が覚めました。
小さな銀色の魚たちが、文字盤の上でひらひら泳いでいました。
「さあみんな、ここが舞台だ。歌おう、踊ろう。」
1匹の魚が声を上げると、10数匹の魚たちが文字盤の上で歌い踊り始めました。
「やれやれ今度は舞台か。俺は時計なんだがなあ。」と、文字盤は思いました。
ところがところが、魚たちの歌はとても上手で、踊りはとてもきれいで、だんだん文字盤は楽しくなってきました。
文字盤の舞台の周りでは、ほかの魚やザリガニやヤドカリが、手拍子をしたり一緒に踊っていたり。。。
「よーし。」
文字盤は体を少しだけそーっと動かして、金色の数字をきらきらさせてやりました。
川の上ではお日様が照って水の中にまでその光が届いていたので、文字盤の金色の数字は光に反射して、それはそれはきらきらと美しく輝いたのです。
魚たちは大喜びです。
こうして文字盤は魚たちの舞台となり、毎日を楽しく過ごしました。
「俺は、時計なんだがなあ。」と、思いながら文字盤は「でも、舞台も悪くないなあ。」と思いました。
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やがて時が流れ、美しい文字盤にコケが生えてきました。
魚たちはやってきてはコケをつんつんつついて、文字盤の舞台を掃除してくれました。
文字盤も、少しでも魚たちを喜ばせようと光のほうへ体をごそごそ動かしてみましたが、でももう前のようにきらきら輝くことは出来なくなりました。
「こうしてここで舞台として終わるのも、まあいいだろう。ここは本当に楽しい場所だから。」
それでも文字盤は、「俺は、ほんとうは時計なんだがなあ。」と、つい思ってしまうのでした。
ある日、一人の女の子が川に落とした髪飾りを探してやってきました。
そして、髪飾りの代わりにコケだらけの文字盤を見つけました。
「おかあさん、おかあさん、これ何かしら?」
「そうねえ、数字が並んでいるから、きっと時計の文字盤だわ。」
「じゃあ、この前落として割れてしまった文字盤の代わりになるかしら?」
「そうねえ、コケを落として磨いてやればきっときれいな文字盤になるわ。」
「じゃあ、そうするわ。」
女の子は持ち帰った文字盤をきれいにこすり、洗い、磨いてやりました。
そして少しシミは残るけど、文字盤はぜんまいと針をつけてもらいました。
女の子はその時計をベッドの枕もとの壁に掛けました。
文字盤はとても幸せでした。
「そうだ。俺は、時計なんだ。舞台でいることはとても楽しくて、こんな一生もいいなと知ったけど。俺は、時計だったんだ。」
時計になれた文字盤は、川の中の舞台で覚えた魚たちの歌を、すやすや眠る女の子の枕元で奏でてあげました。
コチコチコチと・・・・・
................................................................................................................................................
「はい、おしまいよ。」
パンおばさんは、焼きたてのパンをテーブルに置きながら言いました。
「文字盤は楽しくても、幸せじゃなかったの?」一人の子供が聞きました。
「いいえ、そうじゃないわ。舞台でいることは幸せだったと思うわ。
ただ、時計になりたい思いは大切においてあったのよ。」
「そうだ、舞台としてがんばってる文字盤の願いを、神さまが聞き届けてくださったのかも。」
「まあ、そうかもしれないわね。文字盤は時計になれて、本当にうれしかったでしょうね。」
みんながパンおばさんのパンをおいしそうに食べているとき、丸太小屋にかかった時計がコチコチコチと時を刻んでいました。
パンおばさんはそっと時計を見ました。
今、針は、文字盤の金色に光る11と12の数字を指していました。