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あしあとふたつ

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パンおばさんと「冬から来た男の話」

パンおばさんが住む森は、今、春まっさかり。

色とりどりの花が咲き、木々は茂り、今日はぽかぽかと暑いぐらいのお天気です。

朝から元気にパンを焼くパンおばさん。

いい匂いをかぎつけて、森の子どもたちがやってきました。

「今日は、こんなあたたかい春の日のお話をしましょうね」

さあ、パンおばさんのお話がはじまりましたよ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それは、ぽかぽかと春にしては暑いぐらいの日のことでした。

ひとりの少女がお散歩中、ひどくつかれた様子で歩く男に出会ったの。

ふらふらしていて、今にもたおれそう。。

少女は男に声をかけました。

「ねえおじさん、この木の陰で少し休んでおいきなさいよ。」

男は少女の言葉に素直に従い、大きな木の根元に腰を下ろしました。

「ねえお嬢さん、ここはどこもかしこもこんなに暑いのかい?」

少女はにっこりと答えました。

「ええ、だって今は春ですもの。」

すると男は、いっそうつかれたように話し始めました。

「お嬢さん聞いておくれ。僕はとてもとても寒い国からやってきたんだ。
ここからはずっと遠く、一年中寒い冬の国なんだよ。
だから僕は、暑いのはとても苦手なんだ。冬でなきゃ、全然だめなんだ。」

少女は言いました。

「私は冬も春も好きよ。真っ白い雪の冬も、きれいな花が咲く春も。
でもおじさんはどうして、ここにいるの?どうして冬の国を出てしまったの?」

「僕はうぬぼれていたんだ。
僕の国の人間は、みんな国から出ようとしない。他の国には、もっと素晴らしい世界があるかもしれないのに、寒い冬の国でないと、生きていけないと言う。
僕は、違う世界を見たかった。
もっと素晴らしい何かを見つけたかった。だけど、だけど僕は・・・。」

男が黙ってしまったので、少女は冷たい水を汲んできてあげました。

男はまた、話し始めました。

「僕は、うぬぼれていたんだ。冬の国を出て、日に日にあたたかくなるこの国で、僕はようやく分かったんだ。
僕も国の人間と同じだった。あの寒い冬の世界でしか生きていけそうにない。
帰りたいよ。僕が生まれ育った国。一年中寒い寒い冬の国へ。」

少女は少し悲しくなって言いました。

「何もいいことがなかったの?冬の国を出ておじさんはたった一つの素晴らしいものを見ることもできなかったの?」

男は黙ったままでした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

どれくらい時間がたったでしょう。暑いほどの日差しを投げかけていた太陽が少しかげりはじめました。風が出て、雲が動きを早めだしました。

少女は静かに言いました。

「残念だけど、それなら帰ればいいわね。おじさんがそうしたほうが幸せなら、そうすればいい。
だけど、そんなに疲れているし、こんなに暑くちゃ動けないでしょう?
雲の流れが速くなってきたわ。もうすぐ日は沈み、やがて雨も降りそう。
それからなら、いまよりも歩きやすいでしょうから、それまでここでゆっくり休んでいくといいわ。」

そう言って少女はにっこり笑い、再び冷たい水を汲みに行きました。

男が休んでいる木まで戻ったとき、少女はパンや果物をたくさん抱えていました。

そして男が少しでも元気になるようにと、大きな葉っぱで一生懸命風を送ってあげました。

男は少し元気が出てきたようです。

日がかげり、雨がぽつぽつと降り出したころ、男は言いました。

「この森の花は本当に美しいね。お嬢さんの言っていたとおりだ。
僕の国の外に、こんなに色とりどりの美しい世界があったこと、僕はそれを知ることができた。」

「そうでしょう?この森は今は春なの。
冬から解き放たれて、命あるもの全てが思い思いに羽を広げているように、とても美しいのよ。
おじさんがそのことに気付いてくれて、私、本当にうれしいわ。」

少女は心からそう思いました。

男は、初めてにっこりと笑いながら言いました。

「お嬢さん、実は私がいた冬の国にも、美しく咲く花があるのです。
一年中寒い雪の中で咲く“氷の花”です。」

「まあ、素敵。見てみたいわ。」

「この森の色とりどりの花も美しい。
そして、今まで当たり前のように見ていた“冬の花”もまた、美しい。
この世界には、まだ僕の気がついていない素晴らしいものがあったんだ。
気付かなかっただけで、すぐ傍にあったものがどれだけ素晴らしものだったか、そのことにも気がついた。」

男は、話を続けます。

「ねえお嬢さん、それを気付かせてくれたのはあなたです。
あなたの優しい心のおかげです。
まるで敗北者のようだった僕の心を、あなたが再び輝かせてくれた。
ありがとう、本当にありがとう。」

少女はお礼を言われて少し照れながら、
「さあ、少し涼しくなった今のうちに出発しないと。」と言いました。

「この森にもまた冬が来るのでしょう?」と男。

「ええ、春の次に夏が来て、秋が来て、そして冬がやってくるのよ。」

「では、冬になったら“氷の花”を持ってきてあげましょう。
あなたにお礼をしたいのです。
僕の国の素晴らしい花も、是非見せてあげたいのです。」と男は少女に言いました。

そう約束をして、男は再び歩き出しました。

もうふらふらすることなく、目指すふるさとへと歩き出したのです。

少女は満足したように、男の背中を見送りました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

やがて少女の森に夏が来て、秋が来て、そして冬がやってきました。

男が少女に「“氷の花”を見せてあげよう」と約束した冬です。

少女は男が歩いていった道をながめては、男がやってくるのを待ちました。

やがて冬も寒さを増し、そしてゆっくりと春になりました。

だけど、男はとうとう“氷の花”を抱えて、戻ってはきませんでした。

少女は寂しかったけど、その次の冬も、そのまた次の冬も、男がやってくるのを待ちました。

やがて、少女は思いました。

きっと冬の国の素晴らしさを、一度失ってまたしっかりと気付いたから、今は幸せに暮らしているに違いなんだ。

それなら、かまわないじゃない。

“氷の花”も、自分が咲くべき場所で美しく咲いているに違いない。

咲いていてくれるなら、いつか見られるだろう。

元気にしているのなら、いつか会えるかもしれない、おじさんにも。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「さあ、おしまい。」

「おばさん、氷の花って本当にあるのかしら?」女の子が聞きました。

「知らないけど、あるかもしれないわね。」とおばさん。

「少女は今でも待ってるかしら?」と女の子。

「もしかしたらね。」とおばさんがウインク。

子どもたちは、大急ぎでパンをいただくと、待ちきれないとばかりに春の森に飛び出していきました。



あたたかな春の一日が過ぎ、夜になると、少し冷たい風がパンおばさんの小屋の窓を叩きます。

パンおばさんは窓から外を眺めます。

まるですぐそこまで“氷の花”を抱えた男が来ているような、そんな気がして・・・。
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